2014/02/08

進駐軍女性兵士の為の「慰安夫」 日給3ドル

米軍には女性兵士も存在した

個人的には、女性兵士の身の回りの世話をする下男役として米軍に採用された可能性も捨てきれないと思う。証言者が、思い出話に色をつけるのは慰安婦(女性)に限らないだろう。しかし、勤務が(体力の回復を考慮して)一日置きだったり、身の回りの世話なら女性でもいいわけで、やはり女性兵士の性欲の処理用にあてがわれたのかもしれない。情報が少なすぎるので、慎重にならざるをえないが、こういう話もあるということ。事実なら、「戦争に女性の性を利用した!」と息巻くフェミニストたちもコメントに困るだろう(採用面接官は米軍の女性兵士)。

そういえば、シベリア抑留者が女性監視に強姦されたという話もあったっけ?

ところで、RAAは大っぴらに募集されたのでよく知られていますが、女性兵士用に「男慰安夫」として採用された若い日本人男性がいたことは、あまり知られていません。この慰安夫に採用された本人が語っています。昭和二一年、この人の場合は名古屋に進駐した女兵用で、厳重な体格検査に合格。とにかく、心臓、胃袋、眼、皮膚、筋肉、血液、尿などが検査され、性病、痔の有無まで調べられたといいます。

松坂屋の近くに焼け残った木造アパートがあり、体格検査に合格した数人の若者に一人一室与えられます。最初の客は、なんと試験官の伍長で、彼女は最初からその人のことを気に大って採用したのです。「乳房は二個の飯ごうのようで、故郷の牛を思わせる腰だった」といいます。勤めはさすがに一日おきで、日給三ドル。その他、肉、バター、チーズなど、体力回復のためいくらでもくれました。一般国民が芋も満足に食べられないときですから、それはありかたかったでしょうが、とにかく体力的にきつかったそうです。結局、この人は丸半年間、その女伍長にやむない軍務のあるとき以外は買い占められ、その伍長は本国帰還の日、とめどなく涙を流したそうです。

戦後の日本を知っていますか? 百瀬孝監修 昭和研究グループ著 P.182