2012/12/30

琉球新報の日本孤立論の支離滅裂


琉球新報は、学術的な調査(結果)に「日本と国際社会との間に深まった溝を埋めるためのものでなくてはなるまい」という政治性を求めている。戦前に置き換えるなら、天皇制の研究はいいが、それは建国神話との溝を埋めるためのものでなくてはならない、と言っているようなものか。

そして、例によって「日本が孤立する」と言う。実際には、国際社会では慰安婦問題など取るに足らない問題である。欧米メディアはしたり顔で説教を垂れるが、一般の人々にとってはどうでもいい話である。安倍首相がサルコジベルルスコーニと同類のちょっと癖のある指導者と見なされる程度であって、それも慰安婦問題の場合、濡れ衣の部分が大きいのである。むしろ疑いを晴らすことで日本の名誉が回復すると考える方が普通ではないのか。そうはさせたくないから、「孤立、孤立」と言うのだろうが。

小林は猫も杓子も「国際貢献」に異を唱えた

国際貢献(PKO)しないと日本は孤立するなどと言われていた時代もあったが、当時小林よしのりは、これを「ウンコ臭い貢献」と茶化していたものだ。

琉球新報の記事を要約すると、第一次安倍政権は「強制連行」を示す資料が発見されず河野談話の見直しに着手しようと考えたが、国際社会は「日本政府による強制売春」だと断定した・・・国際社会は「人道」問題と捉えていて、日本のように「強制性」に拘ってはいない・・・おもいっきり矛盾してるだろ!

今の流行りは東郷理論

「完全な外交孤立」「戦後最大の外交敗北」になると煽った挙句、米国を「重要な同盟国」と持ち上げ(琉球新報が?!)深刻な事態に陥ると脅かしているのである(注:米国政府がこの問題で日本を非難した事はない)。痴漢冤罪事件や遠隔操作ウィルス事件と同じである。罪を認めないと、もっと厄介なことになるぞと脅しているわけだ。

「慰安婦」河野談話 見直しは国際的孤立招く

戦時中の従軍慰安婦問題をめぐり強制性と日本軍の関与を認めた1993年の河野洋平官房長官談話について、菅義偉官房長官が見直すとも受け取れる発言をした。

「学術的観点からさらなる検討が重ねられることが望ましい。踏襲するとか、しないとかではない」と慎重な言い回しではある。しかし、安倍晋三首相自身が河野談話の修正論者で“前例”もあるだけに、いずれまた本性を現すのではないか、との懸念は拭い切れない。

衆院選大勝のおごりか。「タカ派路線」を前面に押し出すのなら看過できない。自制を求めたい。

前回の安倍内閣は慰安婦問題について「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示す記述は見当たらなかった」(2007年3月)として、河野談話を見直す趣旨の政府答弁書(引用者は、心当たりがないのだが?)を閣議決定している。

しかし、その後に起こった反響を思い起こしてもらいたい。同年7月に米下院本会議は「慰安婦制度は日本政府による強制的売春」として、日本政府に公式謝罪を要求。オランダ、カナダ、EUの議会も同様の決議を採択した。

欧米をはじめとした国際社会が、慰安婦問題に向ける視線は極めて厳しい。日本政府は「強制性」にこだわるが、国際社会は「人道に対する罪」と受け止め、日本政府に真摯(しんし)な対応を求めている。

外務省OBの東郷和彦氏は最近の論考で、慰安婦問題への対応を誤れば、日本は韓国だけでなく欧米諸国との間にも計り知れない対立を生んで「完全な国際的孤立に陥り」「(戦後)最大の外交敗北」を引き起こすと指摘している。

菅官房長官は「安倍内閣としては、まず政治、外交問題にさせない」とも述べたが、今後の対応次第では日韓だけでなく、重要な同盟国であるはずの米国との関係も深刻になる事態も予想される。

政府は今後、慰安婦問題については有識者会議などの形式ではなく、学術的な見解を内々に聴くなどして検討を重ねる方針という。

慰安婦問題での学術的な調査、研究は確かに必要だろう。しかしそれは、日本と国際社会との間に深まった溝を埋めるためのものでなくてはなるまい。

自らの歴史認識に固執するあまりに国際的孤立と「外交敗北」を招き、国益を損ねるようなことがあっては断じてならない。

琉球新報 2012.12.29